長崎街道を歩くPart3!
前回歩き終えた諫早の永昌宿に戻ってきた。今回は、永昌宿から大村宿までの歩き旅だ。
スタート早々道を間違えたらしい。ながさき看護センターの脇から長崎街道へ戻る。
ここ破籠井には平家ゆかりの神社などもあり、見所満載なのだが先が永いので寄り道せずに街道を進む。
破籠井バス停を通りすぎると道は大きく右へカーズする。写真にあるように、まっすぐ進める小道があり、ここが日野峠への登り口だ。
諫早と大村をつなぐこの日野峠は平成8年に文化庁選定の「歴史の道百選」に選ばれた、現在でも当時の趣が残った街道だ。
時代劇の撮影ができそうな道だ。周りには誰もいない。大声で水戸黄門のテーマソングを歌いながら街道を進んで行く。
素晴らしい道が続く。長崎街道に興味を持つまで、こういう道が残っているとはまったく知らなかった。長崎県・大村市・諫早市はこの街道をもっとプッシュするべきだと思う。
道が明るくなってきたところで藩境にある硯石と呼ばれる大きな石があるところにたどり着いた。
諫早側の説明には「日野峠」と書かれ、大村側の説明には「鈴田峠」と書かれている。こういうところも面白い。
諫早側の説明にもあるように伊能忠敬が日野峠と記しているので当ブログでも日野峠と表記することに。
全長約1キロ半の道は、昔の遺がそのまま残っていて遺構も多く残されている。この日野峠だけでもいいので長崎街道を少し歩いてみてはいかがだろうか。
さてここからは下り坂かと思ったが、あと少しだけ登り坂が続くようだ。車が通った跡もある。大村側だと車でここまで来ることが出来るらしい。
大村市に入り街道を示す案内板が支柱型に変わったようだ。正直言って少しわかりづらい・・・
街道は急な下り坂となり、鈴田番所跡へと一気に下って行く。この道は大村側から登ると相当キツいと思われる。
試しに歩いてみようかな。と思われた方は、諫早側から歩くことをオススメする。
まっすぐ進みそうな場所に長崎街道の支柱があった。支柱の方へ進むと
峠というより、ちょっとした坂道だ。すぐに並行している道路に出てきた。
おおむらケーブルテレビの近くに鈴田番所跡があるはずだが、石碑などを見つけることができなかった。資料には石垣があり。と書かれているので、上の写真の奥に写っているのが番所跡の石垣だったのかもしれない。
私有地っぽい雰囲気の道だったけど、長崎街道の案内板が出ていたのでひと安心。
向かい側に見えている大きな建物は、国立病院長崎医療センターだ。また登り坂のはじまりだ。
ここの坂道はかなりこたえた。振り返って写真を撮ってみる。ふくらはぎが弾けてしまうかと思うぐらいの急坂であった。
坂道を登りきるところで長崎街道の案内板があった。このあたりで雲行きが怪しくなる。もともと午後から雨の天気予報だったので仕方がない。
この先の駐車場で雨に備える。折りたたみ傘を取り出し、デジカメをバックパックに入れバックパックにレインカバーを掛ける。ここからの撮影は防水スマホだ!
長崎街道は野田神社の前を通過する。
野田神社の先から左へ脇道に入る。
脇道を入ったところに長崎街道の案内板があった。
街道は住宅街の中を進んで行く。
住宅街から一変して墓地に出てきた。
大村市に入ってから、長崎街道の案内の支柱が分かりにくい!と思っていたのはボクだけではなかったようだ。上の写真を見てほしい!マジックで矢印が書き足されていた。親切?な方が矢印を書いてくれたようだ。
墓地を抜け右に曲がる。
先ほどの曲がり角からすぐのところに、国指定文化財(名勝)旧円融寺庭園が残る護国神社がある。
くさば橋を渡り、JR大村線のガード下をくぐる。
水色の建物が目印のレストラン「ワンモア」から右へ曲がる。
しばらくすると、是れより大村宿と書かれた支柱がある。この先を右へ曲がる。
宿場に到着したな。と感じる街並みだ。
今日の目的地である大村アーケード街に到着した。
ここ大村宿周辺は大村市中央商店街アーケードになっていて長崎街道がアーケード街になっている。
アーケード街にあるお店の看板には長崎街道の宿場が書いてあったりする。
今日の最終目的地、アーケード街の端っこまでやってきた。
さいごに
長崎街道を歩く3日目!残り数キロというところで少し雨に降られたが、その雨もすぐにやみ、相変わらずの晴れ男ぶりを発揮した。
この回で1番の見どころは、やはり日野峠である。現在も昔の道がそのまま残っているのでタイムスリップしたかのような気持ちで歩くことができ、ワクワクしながら歩くことができる。ボクの下手な写真と下手な文章では日野峠の魅力は伝わらなかったと思うので、実際に歩いて見てほしいと思う。
歩行距離 12.3キロ
歩行時間 3時間22分