きょねんから思っていたんだけど、6月って過ごしやすい季節になりましたよね?日々それなりに日差しは強くなりつつあるんだけど、適度に風があってめっちゃ涼しい。雨もあまり降らないような気がしたので調べてみると2017年6月に雨が降ったのは7日間、2018年6月は27日までに雨が降ったのは7日間だった。2016年6月の天気を見ると雨が降ったのが14日間と倍になる。やっぱり、きょねんから6月は雨の日が少なくなって過ごしやすい日が増えたみたい。
雨が少なくなると水が心配になりますが、長崎市のダムの平均貯水率を確認すると6月25日時点で93%の水が蓄えられているので心配なさそうですよ。
そんな6月も終わり下半期へ突入するタイミングで2018年の年頭に立てた目標を振り返ってみたいと思う。それに加えて下半期に挑戦したいこと、上半期に読んで心に残った本の紹介もしているので楽しんでいってください。
2018年やめることリスト再確認!
行儀の悪い行動
〈ポケットに手を突っ込む〉
〈腕を組む・足を組む〉
〈歩きスマホ・食事中のスマホ〉
〈食事中の帽子〉
〈テーブルの上に手を置く〉
〈背もたれにふんぞり返る〉
6つのやめるべきことに取り組んでみた。結果、全部やめることに成功。こんなの当たり前だよ!と思う方もたくさんいらっしゃるでしょう。しかし、レストランで周りを見渡したり、カフェで他人を観察していると、そうでもない方もたくさんおられるのが現実。先日、あるイタリアンレストランで隣に座っていた女性2名は、お2人とも姿勢が良く、足もキッチリ揃えられていて、食事している姿がとても美しい人たちでした。こういう方を見ると姿勢(文字通り)って本当に大切だなと感じます。これからも行儀良く生活していきたい。
最後のツイートから365日以上経過したような気がする。つぶやかないけど、100名前後のフォロワーさんのツイートは毎日(1日に何度も)欠かさずチェック中。日々の情報源がツイッターなので、アカウントを削除する日はこないと思う。
安易なジャッジ
「そうかもしれない」「なるほどそういう意見もあるのか」「そんな人もいるかもしれない」そんな言葉が口癖のようになってしまい、自分の意見・主張が無くなってしまったような気さえする今日このごろ。自分の意見が無いからツイートしないことへ繋がっているような気もしてきた。自分のこともよくわからないのに他人をジャッジするとか無理。「あいつはこんなやつだ!」といより「あいつはこういう一面もある」以上のことは言えないと思う。
雑音
「あー」とか「うー」とか「寒っ」とか「暑っ」とか言わないように心掛ける。と宣言したんだけど、結果、無理だった。なぜ無理だったのか自分なりに分析したところ、独り言でバランスを取っていることに気がついた。例えば立ち上がるときに「よっこいしょういち」とまでは言わないけれど、「よし!」とかは言ったりする。この「よし!」で自分にスイッチを入れたりバランスを取ったりしているらしく、「寒っ」とか「暑っ」も掛け声と同じなんだと気がついた。無理してやめていたんだけど、すっごく気分が悪かったので解禁した次第。
やりたい!と宣言していたこと
〈自分を受け入れる〉
〈チャレンジする〉
〈諦めない〉
〈素直に受け入れる〉
〈照れない〉
〈甘えない〉
〈与える〉
〈挨拶する〉
〈健康管理〉
〈愛する〉
まず、1月1日記事公開時点でガールフレンドから振られたかも問題(半年間連絡なし)と書いていた件。その後、〈諦めない〉で僕からメールで連絡してお会いする機会を作ってもらいおかげさまで仲直りしました。8ヶ月間一度も会っていなかったんだけど、久しぶりに会ったような気がしなくて大げさに言うと、きのうも会ったような気すらしたのが印象的だった。そのときに〈照れずに〉自分の気持を伝えれたと思う。
まぁ、このブログを定期的に読んでくれている人は、あるときから「ガールフレンド」というワードが出てきたので、仲直りしたんだね、と気が付いていたと思う。そういうことです。
〈自分を受け入れる〉ことに貢献したのはこの記事で紹介した愛する人、愛される人の9つの性格―エニアグラムでわかる最良のパートナー (PHP文庫)
〈健康管理〉には気をつけていたつもりだったんだけどインフルエンザに罹ってしまった。予防接種もしていただけにすっごく落ち込んだ。
〈甘えない〉〈与える〉〈愛する〉は、まだまだ微妙な気がするけど、以前よりは素直に〈愛〉も伝えれるとは思う。相手はどう思っているかわからないけど。
(ブログに「今年やりたいこと!」って書いてなかったらそのまま別れていたかもしれない。文字にするって結構大事な気がする)
2018年下半期やりたいこと!
写経
写経といってもお経を書き写すわけではなく・・・
あるとき「たて書きコラム」というスマートフォンアプリに出会った。全国紙・地方紙合わせて40社を超える新聞各社のコラムを新聞同様、縦に読むことができるアプリだ。これが面白くて教養のない僕の脳ミソをバシバシ刺激してくれる。北は北海道から南は沖縄まで、各紙ローカルネタや時事ネタなど多岐にわたる内容が魅力的だ。
はじめは、コラムを読むだけだったんだけど、あるときコラムをノートに書き写す文化があることを知る。コラムをノートに書き写すのにどんな意味があるのかというと、「文章力の向上」「時事ネタの収集」「美文字効果」など。僕に同じような効果が得られるのか甚だ疑問ではあるが、コラムをノートに書き写しているとチョットしたストレス解消になることに気がついた。読書とはまた違った意味でその世界に入るこむことができ、書いたモノが手元に残るので、やりがいみたいなものもある。まだ6月15日からはじめたばかりなので、今後どうなるかはわからないけど、今のところ毎日続けていこうと思っている。ちなみに僕が書き写しているのは日本経済新聞の春秋というコラムです。読むだけでも面白いので隙間時間の活用にいかがでしょうか。
ゆとり
「ゆとり」という言葉、ゆとり教育のせいで悪い言葉かのような印象が定着しつつあると思う。弊ブログのタイトルにある「いい加減」も本来の「良い加減」より、適当な!という意味で使わることが多い気がする。
最近、気がついたんだけど、逸脱する人って「ゆとり」が足りないんだと思う。殺人を犯してしまうような大きな犯罪から、信号無視などの交通ルール違反まで「ゆとり」がないんじゃないかと。「今日もボクはいい加減」と名付けたのが2011年4月10日で東日本大震災から約1ヶ月後のことだった。そして今さら再確認することになったんだけど、僕に必要なのは「良い加減」つまり、「ゆとり」のことなんだと気がついた。
これまでの人生を振り返ったときに、僕が何かから逸脱してしまったときは「ゆとり不足」だったんじゃないかと思う。
「お金」「時間」「体力」「心」
趣味の散歩をしていてよく見かける信号を無視する老人。お年寄りには「体力」「時間」のゆとりが無いから、信号を無視してしまうんじゃないかと気がついた。
ちょっとしたルール違反から大きな犯罪まで、「ゆとり」さえあれば起こらなかったことがたくさんあるような気がしてきた。
「今日もボクはいい加減」と名付けるぐらいなので、僕の心の奥底には「ゆとり」マイペースが軸になっているんだと思う。ということから、どうやったら自分なりの「ゆとり」を持つことができるのかを考えながら生活してゆけば、日々の暮らしを充実したものにできるのではないかと考えるようになった。
断捨離
ソファ・パソコンデスク・押入れの大半の荷物・ランドリーかご・ゴミ箱・3段カラーボックス・燃えないゴミ7袋・燃えるゴミ6袋などなどたくさんのいらないモノ断捨離した。
「ゆとり」につながるんだけど、モノが多く、生活空間が狭くなるとストレスが増える。思い切っていろんなモノを捨ててみると部屋が広くなって「ゆとり」が増えた。
ミニマリスト!みたいな生活はとても無理だけど、意外となくても困らないモノって多いと感じている。テレビもほとんど見ないからテレビも捨てたい(テレビがなくなればテレビ台もいらないので部屋がもっと広くなる)んだけど、娘ちゃんからの猛反対にあっている。ソファを捨てるときもかなりの抵抗にあったけど、「無くなってみると部屋が広くなって意外といいね!」とか言っていたので、テレビが無くなっても同じことを言うような気もするんだけどなぁ。
筋トレ
あー書いてしまった。書いてしまったからには実行しないといけない。散歩を続けて3年ぐらい?かな。足の筋肉はかなりついてきて、足を正面から見ると確実に細くなったんだけど、横からみると確実に太くなった。
問題は上半身なのです。「最近身体が小さくなったよ」なんて言われると、もう俺、老人じゃん。と悲しくなってしまう。ということで、筋トレを始めることをここに宣言する。ジムには行かず、自宅で自重トレーニングをすることに決めた。自重トレーニングとは、ダンベルなどは使わず、基本は腕立てなど自分の体重を使って筋肉をつけるトレーニングみたい。
自宅で気軽にできるから!というより、ジムに行ったところで、ベンチプレスの棒(20キロ)を上げ下げするのも難しのでは?という賢明な判断からです。とりあえず長期的な視点で、2年後ぐらいにはムキムキになりたい。身体を鍛えだしたらオジサンという言葉があるそうですが、もうそういう年齢に突入したんだなぁ、と悲しくなってきた。でも、がんばって鍛えよう。
GACKTさんカッコいい!
上半期読んで心に残った本
謝るなら、いつでもおいで
長崎県にお住まいの方は記憶に刻まれていると思う。2004年6月1日佐世保市立大久保小学校で小六の女児が同級生の御手洗さんを刺殺した事件。著者の川名さんは被害者の父親の部下であり(新聞記者)、家族同然のお付き合いをしていた間柄。そんな氏が取材を重ね、被害者家族の苦しみを書き記し、加害者の父親へも取材を重ね加害者家族の胸のうちも書き記されています。冒頭38ページから39ページあたりで大号泣し読む進めるのがつらくなり、数十分時間を開けて再び読み始めました。
事件があった当時、僕の娘は3歳の誕生日を迎えようとしていた頃でした。それまでの少年事件や女児が被害者になる事件の多くは、加害者が男性であったのに対し、この事件は小学6年生の女児が事件を起こしたということで、これからの子育てをとても不安に思ったことを今でも覚えています。
日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ
20歳からお茶(茶道)を始めて25年間お茶のお稽古を通して学んだことや感じたことをまとめたエッセイ。先に紹介した「たて書きコラム」のどこの新聞社からは忘れてしまったけれど、コラムの中で日日是好日の一文が引用されていて興味を持ち手に取った本です。男性の僕が読んでいても、「お茶始めてみたいな」と思わせるぐらい、お茶(茶道)の魅力がたっぷりと伝わってくる一冊。
お茶の礼儀作法を学びながら、我々が暮らす日本の四季(二十四節気)の移り変わり(節目)を大切にしたお茶の文化がとても素晴らしく読み進めていくと「日日是好日」の意味が薄っすらとですがわかってきます。
読了後に知ったことなのですが、このエッセイ、多部未華子さん、樹木希林さん、黒木華さん出演、監督・脚本 大森立嗣さんというメンバーで映画化されるそうです。10月13日全国公開らしいので、それまでに一度読んでから映画を見に行ってみてはいかがでしょうか。
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