長崎街道を歩く2日目 矢上宿から永昌宿まで約16キロの旅

長崎街道を歩くPart2!
前回は、長崎市内にある「長崎街道ここに始まる」の石碑がある、新大工商店街の入口からスタートして日見峠を越え矢上宿まで歩いた。そして今回は、矢上宿から永昌宿までの旅だ。

スタート地点は前回の到着地点の矢上神社からだ。境内まで登って旅の安全祈願をしようと思ったら、地元の小学生が写生大会をしていたので、一の鳥居で軽くお辞儀をしてスタートした。


矢上神社をスタートして少し歩いたところで交差点に差し掛かる。


ここは長崎街道と島原街道が交差したところだ。あとで詳しく書くが、長崎街道を坂本龍馬が歩いた。と言われている、龍馬が歩いた長崎街道はここ矢上宿から長崎の街までだ。龍馬は島原から長崎入りした説が有力とされている。


先ほどの交差点から長崎街道を進み、少しだけ道を左にそれると教宗寺がある。ここ教宗寺はシーボルトが立ち寄った寺として有名だ。

そして1728年に象が一夜をすごしたそうだ。清の貿易商が八代将軍徳川吉宗に献上するために長崎に上陸した象が長崎街道を通り江戸へ向う途中、教宗寺に立ち寄ったそうだ。


教宗寺を後にして長崎街道を進む。

教宗寺から少し歩くと国道34号線に出る。横断歩道を渡り直進する。


先ほどの横断歩道を渡り直進すると八郎川に突き当たる。写真の橋渡ったところを左折して川沿いを進む。

残念ながらこのあたりは、宅地造成工事のため長崎街道は残っていない。


川沿いを進んでいると道路にでる、たけがわ犬猫病院の先から左に入るとここから長崎街道へ戻る。


たけがわ犬猫病院から少し歩いたところで右側へ坂道を登る。


坂道から今度は左へ。


高速道路の下を通りさらに進む。


以前このブログでも紹介したアトリエパティオの前を通りすぎると川に出る。橋を渡ってまっすぐ進む。


役行者神社がある。役者の道を目指す人がお参りするといいことがありそうな気がする。「えんのぎょうじゃ神社」と読むらしい。滑舌も良くなりそうだ。


役行者神社から少し進んだところに「従是南佐嘉領」の石碑がある。ここまでが佐嘉領でこの先は旧大村領古賀村地へと入って行く。


川沿いを進んでいると分かれ道があった。ここは右斜め上へ進む。


住宅地を進むともう一度川沿いに戻ってくる。そして「けいしょうあんばし」という橋を渡る。


先ほどの橋を渡って向かい側にあるのが福端寺だ。ここにはキリシタン墓石が今も残っている。


寺の脇に案内板があった。


福端寺から少し歩いたところで交差点に差し掛かる。ここを直進する。


長崎街道を歩いていると道の上に国道34号線が通っていた。

あの道の真下が長崎街道だったのか!と新たな発見が出来るのも歩き旅のいいところだ。


また川に差し掛かり、橋を渡って左へ進む。


なにやら写真で見たことにある場所にたどり着いた。


古賀の藤棚に到着した。


矢上宿を出発してちょうど休憩したいと思ったところで藤棚に到着した。当時も休憩所になっていたようだ。


藤の咲く頃にもう一度来てみようと思った。


古賀人形は名前だけは聞いたことがあったが、ここで小川さんと言う方が作っているようだ。


藤棚から進むとすぐに交差点に差し掛かる。ここを右へ曲がる。


リサイクルセンターの脇に長崎街道の案内標識がある。


少しだけ脇道へそれて旧本田家住宅へ行ってみることに。


長崎にも茅葺き屋根の住宅があったんだな。


推定建築年代が17世紀末から18世紀中期とかヤバい!。


一応、中を見学出来るようだ。


当たり前だが、いろりもある。


天井を覗いてみたり。

興味がある方はお立ち寄ってみてほしい。


旧本田家住宅から長崎街道に戻ってきて街道沿いを歩いていると長崎自動車道の下を2回通る。案内板があるので案内のとおりに進む。


井樋ノ尾峠の入口に「従是東佐嘉領」と刻まれた石碑がある。


諫早に入ったあたりから、多良見ライオンズクラブの名前が入った案内板などが目につくようになった。ありがたい。


諫早市教育委員会の案内板も設置してあった。


井樋ノ尾峠の手前で道がわからなくなったんだが、畑作業をしているおじいさんに道を教えてもらってなんとか間違わずに進むことができた。っていうか、おじさんから「長崎街道やろ?あっちあっち!」と道案内してくれた。地元の人の優しさに感謝。

要所要所に案内板が出てはいるんだが、分かれ道が多いところもあり何度か引き返したこともある。事前の調査が大切だと実感する。


そうそう!この手前の道でおじさんに道案内してもらった。案内板から左へ行けば長崎街道だから!とのこと。


この橋の手前には民家があり、ここ本当に通っていいのかな?と思いながら進むと長崎街道の石碑があったので間違ってはいなかった。


山道を進む。


山道を登り切ったところに長崎街道の石碑がある。


後ろを振り返るとこんな感じの道だ。蜘蛛の巣が多いので、少しながい枝を拾って蜘蛛の巣をよけながら進む。


左手にある家の犬に吠えられながら、ここを右へ進む。


先ほどの分かれ道から10分ほど歩いてところに「長崎街道御駕篭立場の碑」がある。


ここにも多良見ライオンズクラブの案内板があった。


「長崎街道御駕篭立場の碑」から5分ほど歩いたところに「清水神宮」がある。


ここには湧き水が流れていたので手を洗わせてもらった。冷たい水で手を洗っただけで気分もスッキリして元気がでてくる。


清水神宮からすぐのところで分かれ道がある。ここは右へ進む。どちらに行っても同じ道になるが、いちおう長崎街道沿いを出来る範囲で忠実に進みたい。


郡境の石碑がある。


ここに峠の茶屋があったという。


長崎街道はここから久山へ向けて下り坂となる。


上から覗き込むと山道のようなので蜘蛛の巣回避の枝を現地調達する。


急な下り坂であるが、石が敷いてあり濡れてなければ下りやすい道だった。


峠の茶屋から山道を下ったところに長崎街道の石標があった。


久山旧茶屋の案内板もあり。


ながい下り坂を歩いていると井戸がる。


久山茶屋跡に到着。この井戸を龍馬の井戸と呼ぶ人もいるらしいが・・・
案内板に坂本龍馬と思われる絵も書いてある。

しかし、坂本龍馬は島原に上陸して島原街道の抜け道である千々石道を通り矢上宿に入り、そこから長崎街道を歩いた説が有力とされている。ということで、龍馬をここを通っていない。

まぁ、諸説あり!ということでよくわからないが・・・


久山茶屋跡から更に坂道を下っていくと橋があり、県道に出る。ここを左へ県道沿いを歩く。


県道沿いに長崎街道の案内板もあった。


さっきまで山の中を歩いていたのですごくツマラナイ道程だ。


何やらタヌキの看板を発見!


たぬき絵巻通り?なにやら楽しそうな街道だ。


地下道に続く道へとくだっていく。


地下道の壁に絵がたくさん描いてあった。


蛍茶屋の一の瀬橋!ここ歩いてきた。


象も歩いた長崎街道!

長崎街道の出来事などが描かれていて、とても楽しい地下道だ。疲れていた身体が一気に元気になった。

久山町町づくり委員会のみなさんの取り組みはとても素晴らしい!


町でまんじゅう買うて
日見で火もろうて
矢上で焼いて
古賀でこんがらがして
喜々津で切って
久山でうち食うた

この文字を見たときに、スゲー懐かしい!と声を出してしまった。子供のころ歌っていた記憶がある。しかし、ボクの記憶には「喜々津で切って」という歌詞がすっぽりと抜け落ちている。

すごく気になったので帰ってきてググッてみると・・・
下のYouTubeが見つかった。


この歌でも「喜々津で切って」の部分が省略されている!すごく気になる。喜々津で切ってはどこ行った?

ということで、この長崎わらべうたが長崎街道のことを歌っていたのだと、このとき初めて知ったわけなのだが、長崎街道は喜々津通らんしな・・・

と思いながら謎が深まるばかりだ。そして、この動画の撮影場所は先ほど紹介した「旧本田家住宅」ではないだろうか?ということで先に進む。


地下道の出口に長崎街道の宿場が全部書いてあった。今、永昌宿を目指しているので、まだまだ先はながい。また少し元気がなくなった(笑)


地下道を出ると分かれ道になるのでここを右へ進む。


赤松坂に到着した。


坂を登りきったところに赤松があったのが赤松坂の由来らしい。


現在も昔の面影を残した坂道になっている。ここでも蜘蛛の巣対策として現地で棒を入手した。


別名、苔の道だ。現在も岩には苔が生えて滑りやすくなっている。


赤松坂を登りきったところにも石碑がある。


赤松坂を登りきると左へと進む。


しばらく進むと貝津の工業団地が見えてきた。


信号に出るので、ここの横断歩道を渡ってまっすぐ進む。


高速道路の高架下をくぐると信号に出る。ここを渡って左へ。


ここからは残念ながら工業団地の建設で長崎街道が途切れているので、工業団地の中を通る。


コーラの自動販売機があるところから工業団地の中へ入る。


工業団地の中ですが長崎街道の看板が設置してある。


コーラの自動販売機から入って突き当りまで行き、ここを左へ曲がる。


水色っぽい建物に(有)秀工社と書いてあるところから右へ入る。


秀工社からまっすぐ進むと突き当たるのでここを左へ曲がる。


長崎街道に戻ってきました。ここからは道なりに進む。


旅の途中に馬に水を与えたところだと言われている「お馬の水」に到着だ。


現在も湧き水がでている。


県総合農業試験場の裏手にでてくる。ここでも長崎街道が途切れているので敷地内の道沿いを歩く。


途中、案内板もあるので道に迷うことはないと思う。


佐代姫橋を渡る。


橋を渡ってすぐのところに「さやんごぜん」がある。


案内板も設置してある。


「さやんござん」から5分ほど歩くと長崎街道と島原街道の分かれ道がある。


この看板にも龍馬が歩いてとされる道が書いてあるが、例の井戸は通ってないことになっている・・・


ここを左へ進む。


信号が変わりそうだったのでダッシュしたため写真が取れませんでしたが、ボクは向かい側の坂道を下ってこちら側に横断歩道を渡りました。目の前の道は国道34号線だ。


横断歩道を渡ったところに階段があるのでくだる。


JRの線路の下をくぐる。


階段を登るとまっすぐ歩く。


先ほどのJRの線路下から歩くこと15分。大通りに出るので向かい側に渡り右へ進む。


ながさき看護センターの看板から斜め左へ坂道を登る。


ながさき看護センターの看板から歩くこと5分。永昌宿跡の碑へたどり着いた。


ここの石碑は見えにくい場所にあるので目を凝らして歩こう。


今日の目的地がやっと見えた。この階段を下ったところが今日の目的地だ。


階段を下ったところに長崎街道の大きな看板が設置してある。

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さいごに

長崎街道を歩く2日目!無事に目的地に到着することができた。県総合農業試験場あたりで、あと少しで到着するな!と思ったのだが、そこからの道程がながく感じた。無理せずに歩こうとは思っていたが、なんせ移動手段が徒歩なので、途中でやーめた!という訳にはいかない。ということで、必然的に目的地まで歩くことになるのだが、ウォーキング初心者なのでペース配分がわからずに、途中で何度か「ヤバい!」と思う場面もあった。

この記事を見て歩いてみようかな、と思われた方は水分をこまめに摂りながら、ペース配分を考えて歩いてほしいと思う。

歩行距離 16.5km
歩行時間 3時間53分